]ぼんぼん盆はきょうあすばかり、あしたは嫁のしおれ草。
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村の子供たちがこんな盆唄をうたって通った。その群れのあとからお米も来た。
「十さん。まだお寺へ行かないの」
盆の十三日には魂《たま》迎えとして菩提寺《ぼだいじ》へ詣るのが習わしである。いつもお時が詣るのであるが、ことしは十吉が代って行くことになって、お米も夕方から一緒に行く約束であった。
「じゃあ、おっかさん。もうそろそろ行こうかね」と、十吉が言った。
「ああ、暗くならないうちに行っておいで。和尚さまは池の蓮をたいそう褒めていなすったから、ついでに少し取って行って上げたらよかろう」
十吉は蓮池のそばへ行って紅と白とを取りまぜて五、六本の花を折った。涼しい風は水の上に渡って、夕暮れの色は青い巻き葉のゆらめく蔭からおぼろに浮かんで来た。お米と十吉とは仲よく肩をならべて出て行った。やがて自分の嫁にする娘かと思うと、歳よりもませたようなお米のうしろ姿がお時の眼にはかえって可愛らしくも見えて、彼女は思わずほほえまれた。二人が出て行くとき、綾衣も襖を細目にあけて見送っていた。
秋をうながすような盆唄の声がまた聞えた。近くきくと騒々《そうぞう》しい唄のこえも、遠くとおく流れて来るとなんだか寂しい哀れな思いを誘い出されて、お時は暮れかかる軒の端《は》を仰いだ。軒には大きい切子燈籠《きりこどうろう》が長い尾を力なくなびかせて、ゆう闇の中にしょんぼりと白い影を迷わせていた。
ここらは冬の初めまで蚊を逐《お》わなければならなかった。お時は獣《けもの》の形をした土の蚊いぶしを縁に持ち出して、枯れた松葉や杉の葉などをくべた。それから切子燈籠に灯を入れた。
こうして働いているうちも、彼女はお米と十吉とのほかに、絶えず思うことが胸の奥にまつわっていた。
綾衣が廓に近いこの箕輪に隠れてからもうひと月余りにもなる。大菱屋の眼がここにとどかないのはむしろ不思議といってもいい位で、その不思議がいつまで続くかは疑問であった。いくら奥深く忍んでいても、元来が狭いあばら家である。ここらに見馴れない彼女の媚《なまめ》いた艶《あで》すがたはいつか人の眼について、十吉の家にはこのごろ妙な泊まり客がいるようだと、村の若い衆たちの茶話《ちゃばなし》にものぼっていることを、お米からそっと知らされて、母子は寿命が縮まるほどに気を
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