か、どの道その熱病にかかると、人間の頭がおかしくなって急に気違いのようになる。そうして自分から河へ身を投げるに相違ない、とこう言うんだ。なるほど、そんなことがあるかも知れない。それでまずひと通りの理屈はわかったが、ただ判らないのは、どの人もみんな河へ飛び込むということで、もし頭が変になって自殺するならば、水へはまるには限るまい、なかには麻刈り鎌で自殺する者もありそうなものだが、みんな申し合せたようにその河に呑まれてしまう。それが僕にはまだ判らない。なんだかあのコーヒー色の水の底に、人間の知らない魔物でもひそんでいるんじゃないかとも疑われる。
 医師はまたそのうたがいに対してこういう解釈を加えている。その患者は非常に熱が高くなって、殆んどからだが焼けそうに熱くなるので、苦しまぎれに水に飛び込むのだろうと……。これも一つの理屈だが、理屈はまあどうにでも付くもので、なにしろ僕は南洋の麻畑に一夜をあかして、こんな怖ろしい目に逢ったということを話せばいいのだ。ドイルの小説の猩々ならば、またそれを退治する工夫もあるだろうが、眼にみえないものではどうにも仕方がない。果たしてそれが一種の病気であるとしても、僕はやはり怖ろしい。君も勇気があるなら一度あの島へ探検に出かけちゃあどうだね。」



底本:「鷲」光文社文庫、光文社
   1990(平成2)年8月20日初版1刷発行
初出:「慈悲心鳥」国文堂書店
   1920(大正9)年9月
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2006年10月31日作成
2007年9月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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