親子という方面にばかり注意していて、源蔵夫婦の苦心には重きを置かないらしく見えます。ウォーナック氏もこの夫婦に対しては殆ど何にもいっていませんでした。千代の口説《くぜつ》は至極《しごく》簡短になっていましたが、これは已《や》むを得ますまい。いろは送りも無論ありません。松王が「我子にあらず、菅秀才のおんなきがら」の件で幕になりましたが、とにもかくにもこれだけのものを、わたしたちが観ていてちっともおかしい点がないほどに遣り負《おお》せたのは偉いものです。これと反対に、日本人が外国の劇を上演した場合、外国の人たちがそれを見物して、今夜の私たちのように感心するかどうか、わたしは少からず危みながら表へ出ると、今夜の雨はまだ音を立てて降っていました。
この成功に気乗りがして、来月の試演には『先代萩』を上場するとか聞きましたが、どうなったか知りません。[#地から1字上げ](大正八年四月、紐育にて)
底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日第1刷発行
2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「十番随筆」新作社
1924(大
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