見えられましたの。(縁に腰をかける。蟹はその足もとにむらがり寄る。)このごろの短か夜とは云いながら、あすの朝まではまだまだ長い。今宵はなにを語って明かしましょうぞ。(蟹にむかって問い、又うなずく。)毎夜毎夜の物語も、つまるところは平家の恨みじゃ。この恨みは一年二年、五年十年語りつづけても、容易に尽きることではあるまい。(蟹を見て、ひとりうなずく。)そうじゃ、そうじゃ。源氏が栄えてあるかぎりは、平家の恨みは消え失せまい。おお、それで思い出した。最前浜辺で宗清にゆき逢い、その物語によるときは、景清は姿をかえて鎌倉にくだり、家重代の痣丸に源氏の血を染めるとのことでござりまするぞ。ほほ、勇ましい覚悟ではござりませぬか。万一、景清が仕損じても、平家一門の呪詛《のろい》によって、源氏のゆくすえも大方は知れて居りまする。(云いかけて、又うなずく。)おお、云うまでもござらぬ。まず当のかたきの義経をほろぼして、次は範頼……次は頼朝……。おお、まだある。頼朝には頼家という小倅があるとやら……これも、助けては置かれぬ奴、勿論呪い殺しまする。その弟《おとと》も……又その子も……その孫も……。二代三代四代の末ま
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