っかりしろと小言を言いながら、その手を把るようにして歩いてゆくと、叔父はしばらく真っ直ぐにあるくかと思うと、又よろよろとよろめいて田の中へ踏み込もうとする。それが幾たびか繰り返されるので、父もすこし不思議に思った。
「お前は狐にでも化かされているんじゃないか。」
 言う時に、連れの吉田が叫んだ。
「あ、いる、いる。あすこにいる。」
 指さす方面を見かえると、右側の田を隔てて小さい岡がある。その岡の下に一匹の狐の姿が見いだされた。狐は右の前足をあげて、あたかも招くような姿勢をしている。注意して窺うと、その狐が招くたびに、叔父はその方へよろけて行くらしい。
「畜生。ほんとうに化かしたな。」と、父は言った。
「おのれ、怪しからん奴だ。」
 吉田はいきなりに刀をぬいて、狐の方にむかって高く振りひらめかすと、狐はたちまち逃げてしまった。それから後は叔父は真っ直ぐにあるき出した。三人は無事に自分たちの詰所へ帰った。あとで聞くと、叔父は夢のような心持でなんにも知らなかったということであった。これは動物電気で説明の出来ることではあるが、いわゆる「狐に化かされた」というのを眼のあたりに見たのはこれが始め
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