、どうしてそんなに無暗に吠えましたか。」
いくら利口だと思っても犬であるから、むやみに吠えないとも限らない、マクラッチも負け惜しみをいう奴だと思っていた。それからふた月ほど経って、この二合半坂に火事があって十軒ほども焼けた。わたしの家は類焼の難を免かれなかった。
その頃はその辺にあき家が多かったので、わたしの一家は旧宅から一町とは距れないところに引き移って、ひとまずそこに落ち着いた。近所のことであるから、従来出入りの酒屋が引きつづいて御用を聞きに来ていた。
その酒屋の御用聞きが或る時こんなことを言った。
「妙なことを伺うようですが、以前のお屋敷には別に変わったことはありませんでしたか。」
女中は別に何事もなかったと答えると、かれは不思議そうな顔をして帰った。それが母の耳にはいったので、あくる日その御用聞きの来た時にだんだん詮議すると、わたしの旧宅はここらで名代の化物屋敷であることが判った。どういう仔細があるのか知らないが、その屋敷には昔から不思議のことがあって、奥には「入らずの間」があると伝えられている。維新の頃、それを貸家にするについて、入らずの間などがあっては借り手が付くま
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