いというので、その一間も解放してしまった。それを私の父が借りたのである。
 近所ではその秘密を知っているので、今度の人はおそらく何んにも知らないで引っ越して来たのであろうが、今に何事かなければよいがと蔭でいろいろの噂をしていた。酒屋でも無論に化物屋敷のことを承知していたが、まさかにそれを言うわけにも行かないので、これも今まで黙っていたのであった。その問題の化物屋敷も今度焼けてしまったので、酒屋の者も初めてその秘密を洩らして、そこに住んでいるあいだに何か変わったことは無かったかと訊いたのであるが、こちらにはこれぞというほどの心当たりもなかった。
 しいて心あたりを探せば、前にあげた三箇条に過ぎなかった。障子の外から父の部屋を窺ったのは何者であったか。縁側で母と摺れ違ったのは何者であったか。マクラッチ氏の犬は実際利口であったのか。それらのことはいっさい判らなかった。
[#地付き](『新小説』24[#「24」は縦中横]年4月号/『岡本綺堂読物選集・4』青蛙房、69[#「69」は縦中横]・5)



底本:「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」河出書房新社
   2004(平成16)年1月30日発行
底本の親本:「岡本綺堂読物選集4」青蛙房
   1969(昭和44)年5月
初出:「新小説」
   1924(大正13)年4月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年4月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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