砲をそろえて釣瓶《つるべ》撃ちにうちかけた。それに驚かされたかれは、岸の方にはもう逃げ路がないと見て、水の深い方へますます進んで行く。それを追い撃ちにする鉄砲の音はつづけて聞えた。またその鉄砲の音を聞きつけて、村の者もほとんど総出で駈け集まって来た。たいまつは次第に数を増して、岸はさながら昼のように明かるくなったが、怪しい影はだんだんに遠くなった。そうして、深い水の上を泳いで行くらしく見えたが、やがて海に近いところで沈んだように消えてしまった。
船を出して追わせたが、その行くえは遂に判らなかった。万一水底をくぐって引っ返して来る事もあるかと、岸では夜もすがら篝火《かがりび》を焚いて警戒していたが、かれは再びその影を見せなかった。逃《の》がれて海に去ったのか、溺れて海に沈んだのか。それも勿論わからなかった。たいまつはあっても、その距離が相当に隔たっていたので、誰も確かにその正体を見届けた者はなかった。したがって、人びとの説明はまちまちで、ある者はやはり馬に相違ないといった。ある者はどうも熊のようであるといった。ある者は狒々《ひひ》ではないかといった。しかし馬に似ているという説が多きを占
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