だ追おうとすると、わが足は倒れている市五郎につまずいて、これも暗いなかに倒れた。彼は起きかえりながら小声で呼んだ。
「市五郎、どうした。」
 市五郎は答えないで、唯うめくばかりである。暗いのでよくは判らないが、彼は怪物のために手ひどい打撃を受けたらしい。こうなるとまず彼を介抱しなければならないと思ったので、甚七は暗いなかを叫びながら里の方へ走った。
「おい、おい。誰かいないか。」
 馬狩りの群れはこの頃いちじるしく減ったのであるが、それでも強情に出ている者も二組ほどあった。その六、七人が甚七の声におどろかされて駈け集まって来た。相手が城内の侍とわかって、かれらはいよいよ驚いた。用意の松明に火をとぼして、市五郎の倒れている場所へかけ付けると、彼は鼻や口からおびただしい血を流して、上下の前歯が五本ほども折れていた。市五郎は怪物のために鼻や口を強く打たれたらしい。取りあえずそこから近い農家へ運び込んで、水や薬の応急手当を加えると、市五郎はようように正気づいたが、倒れるはずみに頭をも強く打ったらしく、容易に起き上がることは出来なかった。
 これには甚七もひどく困った。城内へ帰って正直にそれを報
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