や藁などでその上を掩《おお》って置いたが、それもやはり成功しなかった。
「海から来るならば格別、もし山から来るならば足跡のつづいていない筈はない。根《こん》よくそれを穿索《せんさく》してみろ。」
老人たちに注意されて、成程《なるほど》と気付いた若者どもは、さらに足跡の詮議をはじめると、山の方角にはどうもそれらしい跡を発見し得なかったので、怪しい馬はやはり海から上って来ることに決められてしまった。
「海馬か、トドだ。」
海獣が四本の足を持っているかどうかということを、その時代の人たちは考えなかったらしく、それを一種の海獣と鑑定したのである。そのうちに、ここにひとつの事件が起った。
それは二月なかばの陰った夜である。本来ならば月の明るい頃であるが、今夜は雨もよいの暗い空に弱い星の光りが二つ三つひらめいているばかりであった。こんな晩には出て来るかも知れないと、馬狩りの群れは手配りして待ち構えていると、やがてかの嘶きの声がきこえた。つづいて一ヵ所の陥し穽で鳴子《なるこ》の音がきこえた。素破《すわ》こそと彼等は一度そこへ駈けあつまって、用意のたいまつに火をともして窺うと、穴の底に落ちているのは人であった。
二
人は隣り村の鉄作という若者である。彼は今頃どうしてここへ来て、この陥し穽に落ちたのかと、不思議ながらに引揚げると、鉄作はほとんど半死半生の体《てい》で、しばらくは碌ろくに口も利けないのを、介抱してだんだん詮議すると、彼は今夜かの怪しい馬に出逢ったというのであった。
この村の次郎兵衛という百姓の後家《ごけ》にお福という女がある。お福はことし三十七、八で、わが子のような鉄作とかねて関係を結んでいたが、自分の家へ引入れては母の手前や近所の手前があるので、自分の家から少しはなれた小さい森のなかを逢引きの場所と定めていた。ところが、この頃はかの海馬の騒ぎで、鉄作はちっとも寄りつかない。それを待ちわびしく思って、お福はきょうの昼のうちに隣り村へそっとたずねて行って、今夜はぜひ逢いに来てくれと堅く約束して帰った。年上の女にうるさく催促されて、鉄作は今夜よんどころなく忍んで来ると、さっきから自分の家の門《かど》に立って待ち暮らしていたお福は、すぐに男の手をとって、いつもの森をさして暗い夜道をたどって行くと、狭い道のまん中で突然に何物かに突き当った。
こっちは勿
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