の上に重く掩いかかっていた。
 留守番はもちろん不平であったが、茂左衛門は年の若いだけに我慢しなければならなかった。土間にころがしてある切株《きりかぶ》に腰をかけて、彼は黙って表の闇を睨んでいると、おもよは湯を汲んで来てくれた。
「御苦労さまでござります。」
「大勢がいろいろ世話になるな。」と、茂左衛門はその湯をのみながら言った。それが口切りとなって、おもよは海馬の話をはじめた。茂左衛門も心得のためにいろいろのことを訊いた。
「ここの女房は飛んだ災難に逢って、気の毒であったな。」
「まことに飛んだ目に逢いましてござります。」と、おもよは眼をうるませた。「しかし立派なお侍さまさえもあんな事になるのでござりますから、わたくし共の娘などは致し方がござりません。」
 立派な侍さえもあんな事になる――それが一種の侮辱のようにも聞かれて、年の若い茂左衛門は少しく不快を感じたが、偽《いつわ》り飾りのない朴訥《ぼくとつ》の老婆に対して、彼は深くそれを咎める気にもなれなかった。それにつけても市五郎らの失敗を彼は残念に思った。
「ここの女房は海馬に踏み殺されたのだな。」と、茂左衛門はまた訊いた。
「さようでござります。あばらの骨を幾枚も踏み折られてしまいました。」
「むごい事をしたな。」
「わたくしも実に驚きました。」と、おもよはいよいよ声を陰らせた。「それも淫奔《いたずら》の罰《ばち》かも知れません。」
「隣り村の若い者が一緒にいたのだそうだな。それは無事に逃げたのか。」
「それは隣り村の鉄作と申す者で、やはり男でござりますから、お福を置き去りにして真っ先に逃げてしまったと見えます。」と、おもよは少しく恨み顔に言った。「お福はわたくしの生みの娘で、ことし三十八になります。次郎兵衛というものを婿にもらいましたが、夫婦の仲に子供がございませんので、おらちという貰い娘《ご》をいたしまして、それはことし十六になります。次郎兵衛はおととしの夏に亡くなりまして、その後は女三人でどうにかこうにか暮らしておりますと、お福はいつの間にか隣り村の鉄作と……。鉄作はことし確か二十歳《はたち》の筈で、おらちと従弟《いとこ》同士にあたりますので、ふだんから近しく出入りは致しておりましたが、お福とは親子ほども年が違うのでござりますから、わたくしもよもやと思って油断しておりますと、飛んでもない淫奔から飛んでもない
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