番町皿屋敷
岡本綺堂
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)奴《やつこ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)青山|播磨《はりま》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)ひねくり※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)わざ/\
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登場人物
青山|播磨《はりま》
用人 柴田十太夫
奴《やつこ》 權次《ごんじ》 權六
青山の腰元 お菊 お仙
澁川の後室《こうしつ》 眞弓《まゆみ》
放駒四郎兵衞《はなれごましろべゑ》
並木の長吉
橋場の仁助
聖天《しやうてん》の萬藏
田町《たまち》の彌作
ほかに若党 陸尺《ろくしやく》 茶屋の娘など
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第一場
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麹町、山王下。正面はたかき石段にて、上には左右に石の駒寄《こまよ》せ、石灯籠などあり。桜の立木の奥に社殿遠くみゆ。石段の下には桜の大樹、これに沿うて上のかたに葭簀張《よしずばり》の茶店あり。店さきに床几《しやうぎ》二脚をおく。明暦《めいれき》の初年、三月なかばの午後。
(幡隨院長兵衞《ばんずゐゐんちやうべゑ》の子分並木の長吉、橋場の仁助は床几に腰をかけてゐる。茶店の娘は茶を出してゐる。宮神楽《みやかぐら》の音きこゆ。)
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娘 お茶一つおあがりなされませ。
長吉 桜も今が丁度盛りだね。
娘 こゝ四五日のところが見頃でござります。それに当年はいつもよりも取分けて見事に咲きました。
長吉 山王の桜といへば、おれたちが生れねえ先からの名物だ。山の手で桜と云やあ先づこゝが一番だらうな。
仁助 それだから俺達もわざ/\下町から登つて来たのだ。それで無けりやああんまり用のねえところだ。
長吉 これ、神様の前で勿体ねえことを云ふな。山王様の罰があたるぞ。
仁助 山王様だつて怖えものか。おれには観音様が附いてゐるのだ。
娘 お背中にぢやあございませんか。(笑ふ。)
仁助 やい、やい、こん畜生。ふざけたことを云やあがるな。
長吉 まあ、静かにしろ。どうせ姐《ねえ》さんに褒《ほ》められる柄ぢやあねえや。はゝゝゝゝゝゝ。
娘 ほゝ、とんだ粗相を申しました。
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(ふたりは茶をのんでゐる。石段の上より青山播磨、廿五歳、七百石の旗本。あみ笠、羽織、袴。あとより權次、權六の二人、いづれも奴にて附添ひ出づ。)
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播磨 桜はよく咲いたな。
權次 まるで作り物のやうでござりまする。
權六 たなばたの赤い色紙《いろがみ》を引裂いて、そこらへ一度に吹き付けたら、斯うもあらうかと思はれまする。
播磨 はて、むづかしいことを云ふ奴ぢや。それより一口に、祭礼の軒飾りのやうぢやと云へ。はゝゝゝゝゝ。
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(三人は笑ひながら石段を降りる。)
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娘 お休みなされませ。
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(三人は上の方の床几にかゝる。長吉と仁助は見てさゝやき合ふ。娘は茶を汲んで三人に出す。)
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長吉 おい、ねえさん。こつちへももう一杯|呉《く》んねえ。
娘 はい、はい。(茶を汲んで来る。)
長吉 (飲まうとしてわざと顔をしかめる。)こりやあ熱くつて飲めねえや。
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(長吉はわざとその茶を播磨の前にぶちまける。)
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權次 やあ、こいつ無礼な奴。なんで我等のまへに茶をぶちまけた。
權六 かう見たところが粗相でない。おのれ等喧嘩を売らうとするのか。
長吉 売らうが売るめえがこつちの勝手だ。買ひたくなけりや買はねえまでだ。
仁助 一文|奴《やつこ》の出る幕ぢやあねえ、引込んでゐろ。こつちは手前達を相手にするんぢやねえや。
播磨 然らば身どもが相手と申すか。(笠を取る。)仔細《しさい》もなしに喧嘩を売る、おのれ等のやうなならずものが八百八町にはびこればこそ、公方様《くばうさま》お膝元が騒がしいのぢや。
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(この以前より放駒の四郎兵衞、町奴のこしらへにて子分二人をつれ、石段を降り来り、中途に立ちて窺《うかが》ひゐたりしが、この時ずつと前に出る。)
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