「遺わして」]藤助の在否をさぐらせたが、彼はゆうべから戻らないと云うので、むなしく引っ返して来た。
「どうもおかしいな」
 長八はきょうもそれを云い出した。伝兵衛の葬式《とむらい》を済ませた翌日の朝である。かの一件以来、寒い風が意地悪く毎日吹きつづけていたのであるが、けさはその風も吹きやんで俄かに春めいた空となった。長八が自慢で飼っている鶯も、朝から籠のなかで啼いていた。
「もう一度、行ってみましょうか」と、長三郎は父の顔色をうかがいながら云った。
「むむ。あの晩ぎりで、藤助のゆくえが知れないと云うのは、どう考えてもおかしい。あいつも殺されたのかな」
「さあ」と、長三郎もかんがえた。「殺されたのでしょうか」
「殺されたかも知れないぞ」
「それならば、どこからか死骸が出そうなものですが……」
「それもそうだな……。といって、仔細もなしに姿を隠す筈もあるまい。係り合いを恐れたかな」
 黒沼伝兵衛の横死について、自分もその場に居合わせた関係上、なにかの係り合いになることを恐れて逃げ去ったかとも思われるが、自分ひとりでなく、その場には長三郎も立ち会っていたのであるから、我が身に曇りのない申し開
前へ 次へ
全165ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング