「わたくしももう三度見ましたが……」と、源蔵も不思議そうに云った。「まったく不思議ですよ。去年の暮頃から、時々に見た者があると云いますがね。この寒い時節に蝶々が生きている筈がありませんや、おまけに暗い晩に限って飛ぶというのは、どうもおかしいんですよ」
 武家の子とはいいながら、若い娘たちはなんとなく薄気味悪くなって、夜風がひとしお身にしみるように感じられた。
「蝶々はどっちの方へ飛んで行きました」と、源蔵はまた訊いた。
「お寺のなかへ……」
「ふうむ」と、源蔵は窺うように墓地の方を覗いたが、そこには何かの枯れ葉が風にそよぐ音ばかりで、新らしい墓も古い墓も闇の底に鎮まり返っていた。
 提灯の火が又ひとつあらわれた。拍子木《ひょうしぎ》の音もきこえた。火の番の藤助という男がここへ廻って[#「廻って」は底本では「廻つて」]来たのである。三人がここに立ち停まっているのを見て、藤助も近寄って来た。
「なにか落とし物でもしなすったかね」
 彼も三人を識っているのである。源蔵から白い蝶の話を聞かされて、藤助も眉をよせた。
「その蝶々はわたしも時々に見るがな。なんだか気味がよくない。今夜はこの寺の墓場
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