って慌てて其の人をかかえ起こした。
「小父さんですか。黒沼の小父さん。……小父さん」
 人はなんとも答えなかった。しかもそれが伝兵衛であるらしいことは、暗いなかにも大抵は推察されたので、長三郎はあわてて又呼びつづけた。
「小父さん……小父さん……。黒沼の小父さん」
 その声を聞き付けたらしく、どこからか提灯の火があらわれた。それは火の番の藤助である。彼は提灯をかざして近寄った。
「どうかなすったんですか」
「あかりを見せてくれ」と、長三郎は忙がわしく云った。
 その火に照らされた人は、まさしく黒沼伝兵衛であった。彼は刀の柄《つか》に手をかけたままで、息が絶えていた。慌てながらもさすがは武家の子である。長三郎は直ぐにその死骸をひきおこして身内《みうち》をあらためたが、どこにも斬り傷または打ち傷らしい痕も見いだされなかった。
「早く水を持って来てくれ」と、長三郎は藤助を見かえった。
 藤助は提灯をかざした儘で、唯だまって突っ立っているので、長三郎は焦《じ》れるように又云った。
「おい。この寺へ行って、早く水を貰って来てくれ」
「寺はもう寝てしまいましたよ」と、藤助はしずかに云った。
「それ
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