でしょう」
お勝も提灯をあげて透かして見ると、ふたりの行くさきに一つの白い影が舞っているのである。更によく見ると、それは白い蝶である。普通に見る物よりやや大きいが、たしかに蝶に相違なかった。蝶は白い翅《はね》をひるがえして、寒い風のなかを低く舞って行くのであった。二人は顔を見あわせた。
「蝶々でしょう」と、お勝はささやいた。
「それだからおかしいと思うの」と、お北も小声で云った。「今頃どうして蝶々が飛んでいるのでしょう」
時は正月、殊にこの暗い夜ふけに蝶の白い形を見たのであるから、娘たちが怪しむのも無理はなかった。二人はそのまま無言で蝶のゆくえを見つめていると、蝶は寒い風に圧《お》されるためか、余り高くは飛ばなかった。むしろ地面を掠《かす》めるように低く舞いながら、往来のまん中から左へ左へ迷って行って左側の或る寺の垣に近寄った。それは杉の低い生垣《いけがき》で、往来からも墓場はよく見えるばかりか、野良犬《のらいぬ》などが毎日くぐり込むので、生垣の根のあたりは疎《まば》らになっていた。蝶はその生垣の隙間《すきま》から流れ込んで、墓場の暗い方へ影をかくした。
それを不思議そうに見送っ
前へ
次へ
全165ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング