した。理右衛門はともあれ、自分はここの家になんのゆかりも無いのであるから、案内も無しにつかつかと踏み込むわけには行かない。迂闊《うかつ》に案内を求めたらば、相手にさとられて取り逃がす虞《おそ》れが無いとも云えない。彼は桃の木の下に立って、どうしたものかと思案していると、内から五十前後の女が出て来て、若い侍を不安らしくじろじろと眺めていた。長三郎も黙っていると、やがて女は怪しむように声をかけた。
「あなたはどなたでございます」
なんと云っていいかと、長三郎はまた躊躇したが、思い切って訊き返した。
「今ここの家へ武家がはいったろうな」
「いいえ」
「このあいだから若い男と女が来ているだろうな」
「いいえ」
「誰も来ていないか」
「そんな方はどなたもお出でになりません」と、女は素気《そっけ》なく答えた。
「隠すな。私はその人たちに用があって、わざわざ音羽の方から尋ねて来たのだ」
この押し問答のうちに、入口にむかった肘掛け窓をほそ目にあけて、竹格子のあいだから表を覗いていたらしい一人の男が、大小をさして、草履を突っかけて、門口《かどぐち》にその姿をあらわした。それが黒沼の幸之助であることを
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