お北が枕から顔をあげると、行燈の下には母のお由がやはり不安らしい眼色をして、娘の寝顔を窺うように坐っていた。
「どうだえ、心持は……」と、お由はすぐに訊いた。「少しは汗が取れましたかえ」
云われて気がつくと、お北の寝巻は汗でぐっしょりと濡れていた。母は手伝って寝巻を着かえさせて、娘をふたたび枕に就かせたが、十分に汗を取ったせいか、お北の頭は軽くなったように思われた。それを聴いて、お由はやや安心したようにうなずいたが、やがて又ささやくように話し出した。
「それはまあ好かった。実はわたしも内々心配していたんだよ。どうも唯の風邪でも無いらしいからね。おまえの寝ているあいだに、お隣りの黒沼の小父さんが来て……」
「お勝さんも悪いんですってね」と、お北も低い声で云った。
「けさまでは何ともなかったのだが、お午《ひる》ごろから悪くなって、やっぱりお前と同じように、風邪でも引いたような工合《ぐあい》で寝込んでしまったのだが、それには仔細《しさい》があるらしいと云うので、黒沼の小父さんが家《うち》へ聞き合わせに来なすったのだよ。ゆうべの歌留多の帰りに、目白下のお寺の前で、白い蝶々を見たと云うが、それ
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