「なにを見たかと云うのだ」
「あの蝶々の飛んで行くときに、何か御覧になりませんでしたか」
「いや、別に……」
「そうでしたか」と、吉五郎は微笑みながらうなずいた。
その一刹那に、長三郎はふと心付いた。怪しい蝶はよそから飛んで来たのでなく、そこらの地面から吹き揚げられたらしい。暗いなかで不意に起こったことであるから、もちろん確かには判らないが、地に落ちていた蝶が強い風のために空中へ吹き揚げられたのではあるまいか。生きた蝶か死んだ蝶か。あるいはお冬が怪しい蝶を袂にでも忍ばせていて、故意か偶然に落として行ったのではあるまいか。その疑いを解こうとして、彼は更に訊き返した。
「おまえは何か見たのか」
「いや、別に……」と、吉五郎は笑っていた。
自分の返事を鸚鵡《おうむ》[#ルビの「おうむ」は底本では「おおむ」]返しにして、冷やかに笑っているような岡っ引の態度を、長三郎は小面《こづら》が憎いようにも思った。彼は何をか見付けたに相違ない。そうして、意地わるく秘《かく》しているのである。秘されるほど聞きたがるのが人情であるのに、まして今の場合、長三郎はあくまでもその秘密を探り知りたいので、忌々《
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