りはつづいて追おうとしたが、逃げてしまった相手を追うよりも、既に捕えた相手を逃がさない工夫が肝腎《かんじん》であると思ったので、ふたりは云い合わせたように足を停めた。彼等は再び門前へ引っ返して来ると、暗いなかに藤助の姿は見えないらしかった。留吉は寺内へ駈け込んで更に提灯を借りて来ると、果たしてそこらに藤助の姿は見えなかった。
覆面の男は藤助を救うがために斬って出たのであろう。その闘いのあいだに彼は姿を隠したのであろう。しかも藤助は縄付きであるから、自由に遠く走ることは出来ない筈である。あるいは墓場に忍んでいるかも知れないと云うので、留吉が先きに立って石塔のあいだを縫ってゆくと、白い蝶が又ひらひらとその眼さきを掠《かす》めて飛んだ。
「又来やあがった」
ふたりは怪しい蝶の行くえを追って行くとき、留吉は足許《あしもと》に倒れている石塔につまずいて横倒しにどっと倒れた。
「あぶねえぞ」と、吉五郎は声をかけたが、留吉は直ぐに返事をしなかった。
留吉は倒れるはずみに、石塔の台石などで脾腹《ひばら》を打ったらしい。さすがに気を失うほどでも無かったが、彼は低い息をついているばかりで容易に起き上がられそうもないので、吉五郎は手を貸して扶《たす》け起こすと、留吉はぐたりとしていた。
「留。どうした。しっかりしろ」
こうなると、蝶の詮議は二の次にして、子分を介抱しなければならないので、吉五郎は留吉を抱くようにして墓場を出た。寺の玄関へ廻って案内を乞うと、奥から納所《なっしょ》が出て来た。留吉はさっき提灯を借りに行ったので、納所もその顔を識っていた。
「その人がどうかしたのですか」
「そこで転んで怪我をしたらしいんです。済みませんが、燈火《あかり》を拝借したいので……」
留吉を玄関に横たえて、納所が持って来た灯のひかりに照らして見ると、留吉は脾腹を打ったほかに、左の手も痛めているらしかった。吉五郎は自分の身許を明かして、直ぐに医者を呼んで貰いたいと頼むと、納所は異議なく承知して、寺男を表へ出してやった。
吉五郎らの身許を知ったので、寺でも疎略《そりゃく》には扱わなかった。住職もやがて奥から出て来た。彼は納所らに指図して、書院めいた座敷へ怪我人を運び込ませた。
「夜中お騒がせ申して、相済みません」と、吉五郎はあらためて住職に挨拶した。
「いや、どう致しまして……」と、住職は留吉
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