郎……。小ッ旗本だろうな」
「と云っても、四百石取りで……。三年ばかり長崎へお役に出ていて、去年の秋に帰って来たんです。お亀のお近はそのあとから付いて来て、その屋敷へはいり込んだと云うことです」
「だれから訊いた」
「屋敷の中間にかま[#「かま」に傍点]をかけて聞き出したんです。自分にうしろ暗いことがあるからでしょうが、中間なんぞには時々に小遣いぐらい呉れるらしいので、みんなの評判は悪くないようです」と、留吉はいったん笑いながら、又俄かに眉をよせた。「そこまでは判っているんだが、それから先きがまだどうも判らねえ。お近には内証《ないしょ》の男がある。それが音羽の御賄屋敷の黒沼という家へ、このごろ婿に来た幸之助という若い奴らしいんですがね」
「幸之助の実家はどこだ」
「白魚河岸《しらうおがし》の吉田という御納屋《おなや》の次男です」
「そこで、そのお近や幸之助と、例の蝶々と、なにか係り合があると云うのか」と、吉五郎はまた訊いた。
「さあ、そこが難題でね」と、留吉は再び小鬢をかいた。「わっしの本役は蝶々の一件で、お近や幸之助の方はまあ枝葉《えだは》のような物なんですが、不意にこんな掘出し物をすると、ついそっちが面白くなって……。今のところじゃあ、あのふたりと蝶々の一件とが結び付いているような、離れているような……。親分はどう鑑定しますね」
「おれにもまだ判断が付かねえ」と、吉五郎はしずかに煙草をくゆらせた。「それから火の番の藤助というのはどうした。これも帰らねえか」
「帰って来ません。こいつは確かに蝶々に係り合いがあると睨んでいるんですが……。なにしろ忌《いや》にこぐらかっているんでね」
「どうで探索物はこぐらかっているに決まっているから、まあ落ちついて考えて見なけりゃあいけねえ」
吉五郎はつづけて煙草を喫《す》った。留吉も煙管筒《きせるづつ》を取り出した。親分と子分は暫く無言で睨み合っていると、その考えごとの邪魔をするように、町内の午祭りの太鼓の音が賑やかにきこえた。
「幸之助はその晩から自分の家《うち》へ帰らねえのか」と、吉五郎は煙管をはたきながら訊いた。
「これも帰って来ないようです」と、留吉は答えた。「わっしに捕まりそうになったので、どこへか姿を隠したと見えますよ」
「だが、幸之助はともかくも侍だ。火の番の親爺とは身分が違うのだから、姿を隠したままで済む訳のもの
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