》らされているようにも感じた。
予想以上に帰りが遅かったので、瓜生の父も母もやや心配していたが、無事に戻って来た我が子の顔をみて、まず安心した。長三郎はきょうの探索の結果を報告して、どこにも姉の立ち廻ったらしい形跡のないことを説明すると、父の顔色は陰《くも》った。
「不孝者め。困った奴だ。あしたは非番《ひばん》だから、おれも探しに出よう。まだほかにも心あたりはある」
長三郎はお冬に出逢ったことを報告すると、長八の眉はまた皺《しわ》められた。
「してみると、お冬という女はお北のゆくえを知っているのか。おれも最初から火の番のことが気にかかっていたのだが、やはり何かの係り合いがあると見えるな。それにしても黒沼幸之助が佐藤孫四郎殿の屋敷に忍んでいるとはいいことを聞き出した。どういう訳があるか知らないが、本人をいったん隠まった以上、ひと通りの掛け合いでは素直に本人を渡すまい。存ぜぬ知らぬとシラを切るに相違ないから、なんとか手だてをめぐらして、無事に幸之助を受け取る工夫《くふう》をしなければなるまい。それまでは誰にも他言するなよ」
吉五郎に関する報告を聞いて、長八はまた云った。
「三河町の吉五郎の名はおれも聞いている。岡っ引仲間でもなかなかの腕利きだそうだ。それがもう大抵は見当を付けたと云う以上、蝶々の方はどうにか埒《らち》が明くのだろう。こうなると、蝶々はどうでもいい、一日も早くお北と幸之助をさがし出して、こっちの埒を明けなければならない」
父としてはこう云うのが当然であると、長三郎も思った。蝶の詮議などはしょせん一種の物好きに過ぎない。それよりも姉のゆくえ詮議が大事であると考えたので、彼は父とあしたの探索の打ち合わせをして寝床にはいった。しかも彼は眼が冴えて眠られなかった。どうでもいいとは思いながらも、やはり彼は蝶のことが気にかかってならない。お冬と白い蝶と、その二つを結び付けて、彼はなんとかしてその謎を解こうと試みたが、結局は無駄な努力に終った。
長三郎が眠られないあいだに、おなじく眠らない人があった。それは吉五郎の子分の留吉で、彼は寺のひと間に衾《よぎ》をかぶって、そら寝入りをしながら寺内の様子を窺っていた。
一一
医者の診察によると、留吉の怪我は幸いに差したることでも無かった。しかし吉五郎は寺の納所《なっしょ》にたのんで、あしたの朝は駕籠を迎
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