をどうしたものかと、彼も即座《そくざ》の思案に迷っていると、吉五郎は諭《さと》すように云った。
「若旦那。わたくしは大抵のことを知っています。蝶々のことも大抵は見当が付きました。やっぱりわたくしの鑑定通りでした。近いうちにきっと埒《らち》をあけてお目にかけます。おあねえ様の御安否もやがて判りましょう。御姉弟《ごきょうだい》のことですから、おあねえ様のゆくえをお探しなさるのはあなたの御料簡次第ですが、蝶々の一件はあなた方がお手出しをなさらずに、どうぞわたくし共にお任せください。素人《しろうと》がたに荒らされると、かえって仕事が面倒になりますから……。お父《とう》さまにもよくそう仰しゃって下さい」
こうなると、多年の功を積んだ岡っ引と、前髪のある若侍とは、まったく相撲にならないのは判り切っているので、長三郎も意地を張るわけには行かなくなった。
「おまえは姉のありかを知っているのか」
「それは存じません。しかし探索の糸を手繰《たぐ》って行けば、自然に判ることだと思います。もし知れましたらば早速におしらせ申します。自分の手柄をするばかりが能じゃあありません。お屋敷の御迷惑にならないようにきっと取り計らいますから、御安心ください。もうおいおいに夜が更《ふ》けます。今晩はこれでお別れ申しましょう」
行きかけて、吉五郎はまた立ち戻った。
「唯今も申した通りですから、あなた方は決して蝶々の一件におかかわり合いなさるな。悪くすると、あなた方のおからだに何かの間違いが無いとも限りませんから……」
嚇《おど》すように云い聞かせて立ち去るうしろ姿を、長三郎は無言で見送っていた。
吉五郎が最後の一言はあながちに嚇しばかりでは無い、現に黒沼伝兵衛は目白の寺門前で怪しい横死《おうし》を遂げたのである。それを思うと、長三郎も今更のように一種の不安を感じて、どこにどんな奴が自分を付け狙っているかも知れないと、俄かに警戒するような心持にもなった。そうして、風の音にも油断なく耳と眼とを働かせながら、暗い夜道を提灯に照らして帰る途中、彼はいろいろに考えた。
今夜のことはすべて謎である。お冬の云うことも、吉五郎の云うことも、半分は判っているようで半分は判らない。お冬は自分をどこへ誘って行くつもりであったのか、吉五郎はなにを見付けたのか、長三郎にはよく判らないのである。彼は怪しい娘と岡っ引とに焦《じ
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