なかったので、夜が明けてから寝床にはいって午《ひる》過ぎに起きた。これでは明るいうちに江戸へはいれまいと云うので、八ツ(午後二時)過ぎにここを出て、二人は調布に泊まることになった。いずれも二十二、三の若い同士であるので、唯の宿屋には泊まらないで、甲州屋という女郎屋にはいり込んだ。
 ここは友蔵の娘が奉公している店で、そのお国が清七の相方《あいかた》に出た。お浅という女が幾次郎に買われた。お国はそのとき二十歳《はたち》で、この店の売れっ妓《こ》であったが、見すみす一夜泊まりと判っている江戸の若い客を特別に取り扱ったらしく、その明くる朝は互いに名残りを惜しんで別れた。
 江戸には遊び場所もたくさんある。殊に眼のさきには、新宿をも控えていながら、清七はお国のことを忘れ兼ねて、店の方をどう云い拵えたか知らないが、その後もふた月に一度ぐらいは甲州屋へ通《かよ》っ[「っ」は底本では「つ」と誤植]て来た。その当時の甲州街道でいえば、新宿から下高井戸まで二里三丁、上高井戸まで十一丁、調布まで一里二十四丁、あわせて四里の道を通って来るのであるから、相手のお国はいよいよ嬉しく感じたらしい。こうして一年あま
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