す」
「なにが出るんですね」
「友蔵は宿のはずれに、小さな世帯を持っているが、家《うち》を明けっ放して毎日遊びあるいている。そこへ女と男の幽霊がでるという噂で……。女は調布の女郎屋に売られた娘のお国、男は江戸の若い男だというのです」
「二人は心中でもしたんですか」
「そうです。二人が心中をして、その幽霊が友蔵の家へ現われる。夜は勿論、雨のふる暗い日なぞには昼間でも出ると云うのだから恐ろしい。しかし友蔵は平気でいるところをみると、本当に出るのか出ないのか、それとも友蔵の度胸がいいのか、そこは好く判らないが、ともかくも其の家にお化けが出ると云うのは宿《しゅく》じゅうの評判で、誰でも知らない者はないと、宿屋の女中たちはまじめになって話しました」
「化けて出ると云うからには、その男と娘が何か友蔵を恨む訳があるんですね」
「恨むというのは……。まあ、こういう訳です」

     二

 おととしの五月、六所明神の闇祭りを見物に来た江戸の二人連れがあった。それは四谷の和泉屋という呉服屋の息子|清七《せいしち》と、その手代の幾次郎で、この柏屋に泊まったのであるが、祭りは殆ど夜明かしで朝まで碌々眠られ
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