思議に思われない事もありません」
「そうすると、しん吉のおっかさんが夢を見た……しん吉が血だらけの顔をしていた夢を見たと云うのは、なんでもない事だったんですね」
「さあ、それに就いて少し不思議なことが無いでもありません」と、老人は考えながら云った。「今も申す通り、しん吉は死ぬどころか、平気で酒を飲んで浮かれていたのですが、お八重の顔が疵だらけになっていました。どこから身を投げたのか知りませんが、その後の雨に水瀬が早くなって、お八重の死骸が流されて来る途中、川の砂利にでも擦られたのでしょう。顔一面が疵だらけで、丁度しん吉のおふくろが夢に見たような姿でした。してみると、おふくろの夢もまんざら取り留めのない事でも無いようで、お八重の魂がしん吉の姿を仮りて現われたのかも知れません。それとも偶然の暗合とでも云うのでしょうか。そういうことは学者先生に伺わなければ判りません。もう一つの不思議は、例の友蔵が売り物にしていた荒鵜がその晩から見えなくなってしまいました。しかしこれは不思議がるほどの事でもなく、どさくさ紛れに綱を切って、もとの明神の森へ飛んで行ったのかも知れません」
「関係者一同はどんな処分
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