いので、わたしは出たらめに答えた。
「和泉屋の女房のようですね」
「ふむう」と、老人はわたしの顔を眺めた。「どうして判りました」
そう訊かれて、わたしはまた困った。
「どうと云うこともないので……。唯なんだか和泉屋のよう[#「よう」に傍点]だと思っただけですよ」
「そのよう[#「よう」に傍点]だと云うことが大切です」と、老人はまじめに云った。「明治のこんにちは警察のやりかたもすっかり変って、探偵の方法も新らしくなりましたが、昔の探索には何々のよう[#「よう」に傍点]だとか、誰誰のよう[#「よう」に傍点]だとか、まずわれわれの胸に泛かぶ。それがなかなかの役に立って、よう[#「よう」に傍点]だと睨んだことが不思議にあたった例がしばしばあるので……。そうです、わたしが家に坐って、眼をつぶって、腕を拱《く》んで、どうもそうらしいようだと考えていた事が、まず大抵は壷に嵌《はま》りましたからね。あなたの鑑定通り、その女は呉服屋の女房のお大でした」
「お大は家出をして、府中へ行ったんですか」
「そうです。わたくしは最初から和泉屋の手代の幾次郎という奴を、なんだか怪しいと睨んでいたのですが、やっぱり
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