わっしの方にゃいい見付け物もありません。伊豆屋のことは大抵あの番頭の云った通りですが、近所で訊くと、伊豆屋の主人はお人好しの方で、お八重という女房が内外《うちと》のことを一人で切って廻している、いわば嚊天下《かかあでんか》の家だそうで、もう年頃の息子や娘がありながら、お八重は派手なこしらえで神詣りにもたびたび出て歩くという評判です」
「別に浮気をしているような噂もねえのか」と、半七は訊いた。
「そんな女だから何か不埒を働いていやあしねえかと思って、わっしもいろいろ探ってみましたが、そんな噂もねえようです。よっぽど上手にやっているんでしょうか」
「和泉屋の手代の幾次郎とおかしいと云う噂は聞かねえか」
「聞きませんね。よそでそんな噂があるんですか」
「そうでもねえが、まあ訊いてみたのだ」
 こう云って、半七はまた考えている処へ、女房のお仙が女中に鮨の大皿を運ばせて来た。どこからか届けて来たと云うのである。商売柄でこんな遣い物を貰うのは珍らしくない。すぐに茶をいれさせて、半七ら三人は鮨を喰いはじめると、そのそばで女房がこんなことを話し出した。
「わたしが今、お湯の帰りに自身番の前を通ると、雨
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