たのでございますが、おかみさんが是非一度見物したいと申しますので、とうとう思い切って出かける事になりますと、又ぞろこんな事が起こりまして……。やっぱり止せばよかったと、今さら後悔して居りますような訳でございます」
「和泉屋の奉公人で、息子と一緒に府中へ行った者がありましたね」と、半七はまた訊いた。
「はい。幾次郎と申す者でございます」と、治兵衛は答えた。「これがちっと道楽者で、主人の息子を調布の女郎屋へ誘い込みましたのが間違いのもとで、それからあんな事になりましたので、主人に対しても申し訳のない次第でございますが、幾次郎は唯の奉公人でなく、主人の遠縁にあたる者でございますので、まあ、そのままに勤めて居ります」
「幾次郎は幾つでしたね」
「たしか、二十三かと思います。唯今も申す通り、堅気の呉服屋の手代にはちっと不似合いの道楽者で、近所の常盤津の師匠のところへ稽古に行くなぞという噂もございます」
「その幾次郎はお店へも来ることがありますか」
「ときどきには参ります」
 それからまだ二つ三つの話をして、治兵衛は帰った。帰る時にも彼は何分お願い申しますと、幾たびか繰り返して頼んで行った。

 
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