なかでも荒い奴だから、うっかり傍へ寄って喰い付かれても知らねえぞ。馴れている俺でさえも怪我をした」
云い捨てて彼は奥へはいってしまった。もう相手にならないと見て、半七は挨拶をしてそこを立ち去った。
「あいつが友蔵か。成程、可愛くねえ奴らしい」と、幸次郎はあるきながら云った。
「善ぱが詰まらねえひやかしをするので、あんな奴にあやまる事になった」と、半七は笑った。
「本当に幽霊が出るか出ねえか知らねえが、あんな奴のところへ出たら災難だ。幽霊に肩を揉ませるか、飯を炊《た》かせるか、判ったものじゃあねえ」
三人はその日の午過ぎに江戸へ帰り着いた。新宿で遅い午飯《ひるめし》を食って一と休みして、大木戸を越して四谷通りへさしかかると、塩|町《ちょう》の中ほどで幸次郎は急に半七の袖をひいた。
「もし、親分。和泉屋というのはそこですよ」
そこには和泉屋という暖簾《のれん》をかけた呉服屋が見えた。悪い奴に引っかかって、大事の息子を心中させて、気の毒なことをしたと思いながら、半七はそっと覗くと、四間|間口《まぐち》で、幾人かの奉公人を使って、ここらでは相当の旧家であるらしく思われた。これだけの店の息
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