る。大願成就と幾次郎は手を拍《う》って喜んだのです」
「それじゃあ二人は幾次郎のところへも化けて出ていいわけですね」
「友蔵も悪いが、幾次郎は一倍悪い。まったく幾次郎の方へ幽霊が出そうなものですが、二人ともに幾次郎の巧みを知らなかったのでしょう。そこで内からは女房のお大が糸を引いて、清七の後釜《あとがま》に幾次郎を据える段取りになったのですが、主人も直ぐには承知しない。ふだんから大目に見ているものの、幾次郎が道楽者ということは主人もよく知っているので、それを相続人にして清七の二の舞をやられては困る。その懸念があるので主人も渋っている。
そうして半年ばかり過ごすうちに、お大は此のごろ幾次郎にむかって、二人が仲を主人に薄々感付かれたらしいから、いっそ連れて逃げてくれと云い出しました。そんな筈は無いから、まあ我慢しろと幾次郎がなだめても、お大は肯《き》かない。しかし幾次郎にしてみると、主人の女房と不義を働いているのも、和泉屋の養子に直って、その身代を手に入れたいからで、もう一と息というところまで漕《こ》ぎ付けながら、その大望を水の泡にして、年上の女と駈け落ちなどをする気はありません。しかしお大の方では頻りに迫って来る。もう忌《いや》とは云われない破目になって、幾次郎はまた悪巧みを考えました。その片棒をかついだのが彼《か》の友蔵です」
「幾次郎は友蔵を識っていたのですか」
「去年の心中一件のときに、友蔵は和泉屋へ押し掛けて来て、自分が二十五両を横取りした事などはいっさい云わず、ここの息子のために大事の娘を殺されてしまったから、どうかしてくれと因縁を付ける。その時に幾次郎が仲に立って、三十両の金を渡して追い返した。それが縁になって、幾次郎は友蔵を識っている。あいつは悪い奴で、金にさえなれば何でも引き受ける奴だと云うことも知っているので、今度の味方に抱き込んだのです。
そこで四月の末に友蔵を呼び寄せて相談の上、お大にむかってもいよいよ駈け落ちの相談を始めました。自分の育った甲府には、おふくろがまだ達者でいる。ひとまず其処へ身を隠そうと云うことにして、お大に二百両の金をぬすみ出させ、その一割の二十両だけをお大に持たせて、残りの百八十両は自分が預かりました。二人が一緒に出ては直ぐに覚られるから、おまえは一と足さきに出て、府中宿の友蔵の家に待ち合わせていてくれ。私はあとから尋ねて
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