四

「親分、どうですかね。大抵見当は付きましたか」と、幸次郎は訊いた。
「そう手軽にも行かねえ」と、半七は笑った。「去年の心中一件と、今度の一件と、まるで縁のねえ事か、それとも何かの糸が繋がっているのか、まずそれを考えなけりゃならねえ」
「友蔵の奴が又なにかやったかね」
「おれもそんな事をかんがえたが、若い娘ならばともかくも、やがて四十に手のとどく女房をかどわかすということもあるめえ。いくら暗闇だって、まわりに大勢の人がいるのだから、きゃあ[#「きゃあ」に傍点]とか何とか声を立てるぐらいのことは出来そうなものだ。まさかに友蔵に引っ担いで行かれたのでもあるめえ。おれももう少し考えるから、おめえは善ぱと手分けをして、伊豆屋と和泉屋の内幕を探ってくれ」
「こうなると此の春、府中へ行って来て好うござんしたね」
「むむ。なにが仕合わせになるか判らねえ。だしぬけにこんな事を持ち込まれたのじゃあ見当が付かねえ」
 幸次郎を出してやって、半七は又しばらく考えた。伊豆屋の番頭の話だけでは詳しいことは判らない。番頭もまた一家の秘密を洩らすまい。したがって、その話のほかに、伊豆屋と和泉屋にからんで如何なる秘密がひそんでいないとも限らない。所詮《しょせん》は幸次郎と善八の報告を待って、それから正確の判断をくだすのほかはなかったが、半七は平生の癖として、ともかくも今までに与えられた材料によって一応の推測を試みようとした。中《あた》っても外《はず》れても、考えるだけは考えなければ気が済まないのであった。
 表には苗売りの声がきこえた。けさから催していた雨がしずかに降って来た。その雨の音を聞きながら、半七は居眠りでもしたように目を瞑《と》じていたが、やがて手拭いと傘を持って町内の銭湯へ出て行った。
 雨はだんだんに強くなって、夕暮れに近い空の色はますます暗くなった。湯から帰って来た半七の顔色も暗かった。子分ら二人が何かの報告を持って来るまでは、自分の肚《はら》をはっきりと決め兼ねたのである。
 雨は明くる日も降りつづいて、本式の梅雨空《つゆぞら》となった。その日の暮れかかる頃に、善八が先ず顔をみせた。
「いよいよ梅雨になりました。ゆうべ幸次郎の話を聞いたので、けさから早速取りかかりました」
「おめえはどっちへ廻ったのだ」と、半七は待ち兼ねたように訊いた。
「わっしは塩町の呉服屋の方です
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