小さい白木の箱に納めて、本堂の仏前に置かれてあった。碁盤も共に据えてあった。但しその碁盤が名妓の遺物であるか無いか、又それが深川の柘榴伊勢屋から出たものであるか無いか、その当時の半七はまだなんにも知らなかったのである。二人は線香の煙りのなかから彼《か》のふた品を持ち出して、縁側の明るいところで一々にあらためた。
 用人は飽くまでも無関係のように云っているが、そこに何かの秘密がないとは限らない。半七は住職に逢っていろいろの質問を試みた後に、いずれ又まいりますと挨拶して、門前町の霜どけ路へ出た。
「いい塩梅《あんばい》に風がちっと凪《な》ぎましたね」と、松吉は云った。
「もう午《ひる》だ。そこらで飯でも食おう」
 半七は先きに立って、近所の小料理屋の二階にあがった。誂え物の来るあいだに、松吉は小声で訊いた。
「親分。どうです、見込みは……」
「まだ見当が付かねえ」と、半七は煙管《きせる》を下に置いた。「首だけでも大抵見当は付く。あの女は確かに堅気《かたぎ》の素人じゃあねえ。どこかで見たような顔だが、どうも思い出せねえ」
「いや、それですよ」と、松吉もひと膝乗り出した。「実はわっしも見たこと
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