あらためたが、ここにはなんの獲物もなかった。

     三

「柘榴伊勢屋の亭主は船遊びが好きで、お俊が柳橋にいる頃から、一緒に大川へ出たことがあるそうだと、角屋の番頭が何ごころなくしゃべったのは、天の与えだ」と、半七は歩きながら云った。「これから柳橋へ行って船宿《ふなやど》を調べてみよう。案外の掘出し物があるかも知れねえ」
「だが、親分。例の首はお俊じゃあ無さそうですぜ。誰に聞いても、お俊にあばたはねえと云いますから」
「そりゃあそうだが、まあ、もう少しおれに附き合ってくれ」
 無理に松吉を引き摺って、半七は更に柳橋の船宿をたずねた。
 ここらの船宿は大抵知っているので、その一軒について聞き合わせると、柘榴伊勢屋が馴染の船宿は三州屋であるとすぐに判った。三州屋の店の前には、長半纏を着た若い船頭が犬にからかっていた。
「おい、よしねえよ」と、半七は笑いながら声をかけた。「いい若けえ者が酒屋の御用じゃああるめえし、犬っころを相手に日向《ひなた》ぼっこは面白くねえぜ」
 半七の顔をみて、徳次という船頭は笑いながら挨拶した。
「いいお天気だが寒うござんす。まあ、親分。お上がんなさい」
「いや、上がるまでもねえ。ちょいと店さきで訊きてえことがある」と、半七は店に腰をかけた。「おかみさんは留守かえ」
「ええ、ちょっと出まして」
 徳次は女中に指図して、火鉢や茶を運ばせた。托鉢僧が来かかって、ここの店さきで鉦《かね》をたたいて去るあいだ、半七らは黙って茶を飲んでいた。隣りの二階では昼間から端唄の声がきこえた。
「そこで早速だが、六間堀の伊勢屋はこの頃も出かけて来るかえ」と、半七は訊いた。
「お俊さんと時々に見えます。このあいだも、枯野見《かれのみ》だと云って上手《うわて》までお供をしましたが、いやどうも寒いことで……。枯野見なんて云うのは、今どき流行りませんね。雪見だって、だんだんに少なくなりましたよ」と、徳次は笑った。
「通人《つうじん》が少なくなったのだろう」と、半七も笑った。「おめえなら知っているだろうが、伊勢屋に贔屓《ひいき》の相撲があるかえ」
「ありますよ。万力《まんりき》甚五郎で……」
「万力甚五郎……。二段目だな。たいそう力があるそうだが……」
「力がありますね。まったくの万力で……。近いうちに幕へはいるでしょう」と、徳次は自分の贔屓相撲のように褒め立てた。「伊
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