て本人を縛って祈れば、きっと叶うに相違ないと、こう一途《いちず》に思いつめて、智心と二人でお歌の死骸を門前の地蔵堂へ運び込んで、地蔵尊にしっかりと縛り付けて、どうぞ再び蘇生するようにと、ふた※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《とき》あまりも一心不乱に祈っていたと申します」
「それで生き返りましたか」と、半七は一種の好奇心に駆られて訊いた。
「生き返りました」と、祥慶はやや厳《おごそ》かに云った。「すぐには生きませんでしたが、とうとう蘇生しました。俊乗は夜明け前にいったん自分の部屋に帰りましたが、宵からの疲れで、ついうとうとしているうちに、武家の中間が早朝に門前を通りかかりまして、お歌の死該を見付けられてしまいました。こうなっては隠すことも出来ませんから形《かた》のごとく訴え出て、当寺ではいっさい知らない女だと云うことにして、ひと先ず死骸を預かりました。
 そこで、検視も済み、役人衆も引き揚げて、死骸を庫裏《くり》の土間へ運び込みますと、それから半※[#「日+向」、第3水準1−85−25]も経たないうちに、お歌は自然に息を吹き返しましたので、わたくし共もおどろきました。俊乗は又もや泣いて喜びました。有り合わせの薬を飲ませて介抱して、ともかくも奥へ連れ込みまして、表向きは死骸紛失ということにお届けを致させました」
「お歌はそれからどうしました」
「日が暮れてから気分も快《よ》くなったと申しますので、裏山づたいに帰してやりました。本人は素直に帰ろうと申しませんでしたが、わたくしからいろいろに説得しまして、今度は俊乗にも自由に逢わせてやると約束して、無理になだめてともかくも帰しましたが、所詮このままに済もうとは思われません。また出直して何かの面倒を云い込んで来ることと覚悟して居りました。そこへお前さん方が再びお乗り込みになりましたので万事の破滅と、わたくしもいよいよ覚悟を決めました。智心がお手向いを致しましたのは、お歌を殺した一件で、我が身にうしろ暗いところがある為でござりましょう。しかしお歌は確かに生きて居ります」
 ここまで話して来た時に、了哲が顔の色をかえて駈け込んだ。
「俊乗さんが死にました」
「どうして死んだ」と、半七は膝を浮かせながら訊いた。
「裏山の桜の木に首をくくって……」
 縊《くび》られたお歌は生きて、さらに俊乗が縊れたのであった。

     六

「お話は先ずここらでお仕舞いでしょう」と、半七老人はひと息ついた。「事件はちょいと面白いのですが、わたくし共の捕物の方から云えば、たいして面倒な事もありませんでした」
「これに幾らかの潤色を加えると、まったく面白い小説になりそうですね」と、私は云った。
「なにぶん実録は、小説のように都合よく行きませんからね。こうすれば面白くなるだろうと云って、まさかに嘘をまぜる訳にも行かず、まあ其のつもりで聴いて頂くよりほかありません」と、老人は笑った。「いや、まだ少し云い残したことがあります。かのお歌の一件について……」
「わたしもそれを訊《き》こうと思っていたんです。お歌はそれからどうしました」
「さあ、お歌がそれからひと働きしてくれると、小説にも芝居にもなるのですが、そこが今申す通りの実録で……。お歌はその後しばらく姿を見せませんでしたが、その翌年の五月、詰まらない小ゆすりで挙げられて、それからいろいろの旧悪があらわれて遠島になりました。わたくしが捕ったので無いので詳しいことは知りませんが、お歌はふところに俊乗の数珠を持っていたと云いますから、よっぽど俊乗のことを思っていたに相違ありません。
 遠島といえば、高源寺の住職も遠島、他は追放、これでこの一件も落着《らくぢゃく》しました。住職も弟子たちもみんな悪い人間ではなかったのですが、いったん悪い方へ踏み込むと、もう抜き差しが出来なくなって、だんだん深淵《ふかみ》に落ちて行く。取り分けて俊乗などは、いい寺にいたらば相当の出世が出来たのかも知れません。それを思うと可哀そうでもあります」
「石屋の松蔵はどうなりました」
「高源寺の噂を聞くと、こいつはすぐに影を隠しました。草鞋を穿いて追っかけるほどの兇状でもないので、まあ其のままに捨て置きましたが、あとで聞くと木更津《きさらづ》の方で変死したそうです。同職の石屋を頼って行って、そこで働いているうちに、その石屋で大きい石地蔵をこしらえる時、どうしたわけか其の地蔵が不意に倒れて、松蔵は頭を打たれて死んだと云うのです。なんだか因縁話のようで、嘘か本当かよく判りませんが、まあそんな噂でした。
 高源寺はその後、廃寺になってしまって、今では跡方もなくなりましたが、一方の林泉寺の縛られ地蔵は昔のままに残っています。明治以後は堂を取り払って、雨曝《あまざら》しのようになっていますが、相変らずお花やお線香は絶えないようです」



底本:「時代推理小説 半七捕物帳(六)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年12月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:瀬戸さえ子
2001年3月30日公開
2004年3月1日修正
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