去年ほどの大流行ではありませんが、吐くやら瀉《もど》すやらで死ぬ者が相当にあるので、世間がおだやかではありません。なにしろ去年の大コロリにおびえ切っているので、寄ればさわればその噂でした。又その最中に不思議な噂が立ちました。高源寺の縛られ地蔵が踊るという……」
「地蔵が踊る……」
「笑っちゃいけない。そこが古今の人情の相違です。地蔵が踊るといえば、あなたはすぐに笑うけれども、昔の人はまじめに不思議がったものです。たとい昔でも、料簡《りょうけん》のある人達はあなたと同様に笑ったでしょうが、世間一般の町人職人はまじめに不思議がって、その噂がそれからそれへと広がりました。もとより石の地蔵さまですから、普通の人間のように、コリャコリャと手を叩いて踊り出すのじゃあない。右へ寄ったり、左へ寄ったり、前へ屈《かが》んだり、後へ反《そ》ったり、前後左右にがたがた揺れるのが、踊っているように見えると云うわけです。昼間から踊るのではなく、日が暮れる頃から踊りはじめる。いくら七月でも、地蔵さままでが盆踊りじゃああるまいと思っていると、誰が云い出したのか、又こんな噂が立ちました。この踊りを見たものは、今年のコ
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