彼もまた驚いた。迷惑ながら幾らかの口留め料をやって、無事に彼女を追い返そうとすると、お歌は案外に金は要らないと言った。お寺の迷惑にもなり、親たちの迷惑にもなることであるから自分は決して口外しない。その代りに、時々のお出入りを許してくれと云った。
おとなしいような云い分ではあるが、こんな女にしばしば出入りされては困るので、祥慶は直きじきにお歌に面会して、寺へたずねて来るのは月に一度、それも近所の人に目立たないように、なるべく夜分に忍び込んで来てくれということに相談を決めた。月に一度でも親や妹の顔が見られれば結構でござりますと、お歌は殊勝《しゅしょう》らしく答えた。
「それがやはり思惑のあることで……」と、祥慶は溜め息まじりに語りつづけた。「金は一文も要らない、決して無心がましいことは云わないと申して居りましたが、お歌は慾心でなく、色情で……。お歌はどうしてか俊乗に恋慕して居ったのでござります」
「お歌は松蔵とも係り合いがあったのでしょうね」
「さあ、本人は唯の知り合いだと申して居りましたが、あんな人間同士のことですから、どういう因縁になっているか判りません」
「松蔵は相変らず出入りをし
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