も妹娘のお住も正直者であるのに引き換えて、お歌は肩揚げのおりないうちから親のもとを飛び出して、武州、上州、上総《かずさ》、下総《しもうさ》の近国を流れ渡っていた。彼女は若粧《わかづく》りを得意として、実際はもう二十四、五であるにも拘らず、十八、九か精々|二十歳《はたち》ぐらいの若い女に見せかけて、殊更に野暮らしい田舎娘に扮していた。男に油断させる手段であることは云うまでも無い。
彼女は、去年の暮ごろに江戸へ帰って、十余年ぶりで高源寺をたずねて来たが、物堅い定吉は寄せ付けないで、すぐに門端《かどばた》から逐い出そうとすると、お歌は門前の地蔵を指さした。わたしの口一つで、多年御恩になったお住持さまは勿論、お前にも迷惑がかからないとは云えまいと、彼女は笑った。それを聞いて、定吉はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。
どうしてお歌が地蔵の秘密を知っているのかと、定吉は驚きかつ恐れて、だんだんその仔細を詮議すると、お歌はこの頃かの松蔵と心安くしていると云うのであった。定吉はいよいよ驚いたが、こうなっては強いことも云えない。よんどころなくお歌を呼び入れて、その望みのままに俊乗に引き合わせると、
前へ
次へ
全45ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング