これも今までに悪い噂を立てられた事はないと云います。これじゃあみんな好い事ずくめで、どうにもなりません。近所じゃあ山師坊主だなんて云うものは一人もありませんよ」
「小坊主はどうだ」
「小坊主は十六で年の割には体も大きく、見かけは頑丈そうですが、ふだんから薄ぼんやりした奴で、別にこうと云うほどのこともないそうです。それから了哲という納所坊主、こいつも少し足りねえ奴で、悪いこともしねえが酒を飲む。まあ、こんな事ですね」
「花屋の親子は……」
「花屋の定吉、これも近所で評判の正直者ですが、可哀そうにひどい吃で、満足に口が利けねえ位だそうです。娘のお住はなかなか親孝行で、人間も馬鹿じゃあねえと云います」
 こう列べてみると、正直か薄馬鹿か、揃いも揃った好人物で、一人も怪しい者はない。亀吉が詰まらなそうに報告するのも無理はなかった。それでも半七は根よく詮議した。
「そこで、寺男はどうだ」
「源右衛門ですか。こいつは善いか悪いか、どんな人間だか能くわからねえ。なにしろ恐ろしい偏人で、あしかけ三年、丸二年もあの寺の飯を食っていながら、近所の者と碌々に口を利いた事がねえという位で……」
「ふうむ」と、
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