半七も首をかしげた。「仕様のねえ奴だな」
「まったく仕様のねえ奴らで、どうにも斯うにも手の着けようがありませんよ」と、云いかけて亀吉は思い出したように声を低めた。「唯ひとつ、こんな事を小耳に挟《はさ》んだのですが……。なんでもひと月ほど前の事だそうで、門前町のはずれに住んでいる塩煎餅屋のおかみさんが、茗荷谷の方へ用達しに出ると、その途中で花星のお住を見かけたのですが、お住は二十歳《はたち》ぐらいの小綺麗な田舎娘と一緒に歩いていたそうです」
「その田舎娘というのは縛られていた女か」と、半七はあわただしく訊き返した。
「さあ、それが確かに判らねえので……」と、亀吉は小鬢《こびん》をかいた。「煎餅屋のかみさんは例の一件を聞いた時、そんなものを見るのも忌《いや》だと云って、近所でありながら覗きにも行かなかったので、同じ女かどうだか判らねえと云うのですよ。もし同じ人間なら面白いのですが……」
「同じ人間だろう。いや、同じ人間に相違ねえ」
「そうでしょうか。かみさんの話じゃあ、お住は薄あばたこそあれ、容貌《きりょう》は悪くねえ。連れの娘はあばたも無し、容貌もいい、顔立ちが肖《に》ているので、ちょいと見た時には姉妹《きょうだい》かと思った……」
「おい、亀。しっかりしてくれ」と、半七は笑い出した。「おめえにも似合わねえ。それだけ種が挙がっているなら、なぜもうひと息踏ん張らねえ。よし、よし。おれがもう一度出かけよう」
「出かけますかえ」
「むむ。一緒に来てくれ」
 五ツ半(午前九時)頃に二人は再び小石川へ出向いた。その途中で何かの打ち合わせをして、高源寺の門前に行き着くと、地蔵堂はきのうの通りに鎖《とざ》されていた、門内にはいると、花屋の定吉と納所の了哲が鋤《すき》や鍬《くわ》を持って何か働いていた。
「なにを働いているのです」と、半七は近寄って声をかけた。
 二人は不意に驚かされたように顔を見合わせていた。殊に定吉は吃であるから、こういう場合、すぐに返事は出ないらしい。了哲も渋りながら答えた。
「けさの雨で、ここらの土が窪《くぼ》みましたので……」
「ははあ、土が窪んだので、埋めていなさるのか」
 云いながら眼を着けると、土はところどころ落ちくぼんで、それがひと筋の道をなしているように見られた。更に眼をやると、その道は墓場につづいて、ある墓の前に止まっているらしい。古い墓の石塔は倒れていた。
「もし、この墓は無縁ですかえ」
「そうです」と、了哲はうなずいた。
 半七は引っ返して花屋の前に来ると、お住は奥から不安らしい眼をして覗いていた。
「おい、姐《ねえ》さん。ちょいと顔を貸してくれ」
 お住を誘い出して、半七は墓場のまん中へ行った。そこには大きい桐の木が立っていた。

     四

「おい、お住。おめえの姉さんは何処にいる」と、半七はだしぬけに訊いた。
 お住は黙っていた。
「隠しちゃあいけねえ。ひと月ほど前に、おめえが姉さんと一緒に茗荷谷を歩いていたのを、おれはちゃんと見ていたのだ。その姉さんは何処にいるよ」
 お住はやはり黙っていた。
「姉さんは殺されて、地蔵さまに縛り付けられていたのだろう」
 お住ははっ[#「はっ」に傍点]としたように相手の顔を見上げたが、また俄に眼を伏せた。
「その下手人《げしゅにん》をおめえは知っているのだろう。おれが仇を取ってやるから正直に云え」
 お住は強情に黙っていた。
「あの無縁の石塔を引っくり返して、その下から抜け道をこしらえて、地蔵を踊らせたのは誰だ。おめえの姉さんも係り合いがあるだろう。姉さんの色男は誰だ。あの俊乗という坊主か」
 お住はまだ俯向いていた。
「俊乗が姉さんを絞めたのか。一体おめえの姉さんは生きているのか、死んだのか」と、半七は畳みかけて訊いた。「おめえはふだんから親孝行だそうだが、正直に云わねえとお父《とっ》さんを縛るぞ」
 お住は泣きそうになったが、それでも口をあかなかった。
「おめえと従兄弟《いとこ》同士の源右衛門はどうした。駈け落ちをしたと云うのは嘘で、あの抜け道のなかに埋《うま》って死んだのだろう。その死骸はどこへ隠した」
 お住は飽くまで黙っていたが、嘘だとも云わず、知らないとも云わない以上、無言のうちに、それらの事実を認めているように思われたので、半七は肚《はら》のなかで笑った。
「これほど云っても黙っているなら仕方がねえ。ここでいつまで調べちゃあいられねえ。親父もおめえも連れて行って、調べる所で厳重に調べるからそう思え。さあ、来い」
 幾らかの嚇しもまじって、半七はお住を手あらく引っ立てようとする時、ふと気がついて見かえると、うしろの大きい石塔の蔭から小坊主の智心が不意にあらわれた。彼は薪割《まきわ》り用の鉈《なた》をふるって、半七に撃ってかかった。半七は油断なく身
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