しく二人を眺めていた。
半七もすぐに眼をつけた。
「もし、お前さんはこのお寺さんですかえ」
「そうです」と、若い僧はしずかに答えた。
「実はこれからお寺へ行こうと思っているのですが、今朝このお堂で死んでいた女は、まだ其のままですかえ」
「いや、それに就いて唯今お訴えに参るところで……。女の死骸が見えなくなりました」
「死骸が見えなくなった……」と、半七と亀吉は顔をみあわせた。「誰かが持って行ったのですか。それとも生き返って逃げたのですか」
「さあ。何者にか盗み出されたのか、本人が蘇生して逃げ去ったのか。それは一向にわかりません」
「夜でもあることか、真っ昼間お預かりの死骸を紛失させるとは、飛んだことですね」と、半七は詰問するように云った。
「納所《なっしょ》の了哲に番をさせて置いたのですが……」と、僧も面目ないように云った。「その了哲がちょっとほかへ行った隙に……。どうも不思議でなりません」
死骸のことに就いて、お住がとかくにあいまいの返事をしていたのも、死骸紛失の為であると察せられた。女の死骸紛失を発見したのは八ツ(午後二時)過ぎのことで、一応は墓地その他を詮索するやら、寺僧が集まって評議をするやら、うろたえ騒いで時刻を移した末に、所詮《しょせん》どうにも仕様がないから、何かのお咎めを受ける覚悟で寺社方へ訴え出ることに決着した。若い僧はその難儀な使に出て行くところで、眼鼻立ちの清らかな顔を蒼白くしていた。彼は二十一歳で、名は俊乗であると云った。
三
俊乗に別れて、半七らは寺にはいった。高源寺住職の祥慶は六十余歳で、見るから気品の高そうな白髪《しらが》まじりの眉の長い老僧であった。祥慶は二人を書院に案内させて、丁寧に挨拶した。
「どなたもお役目御苦労に存じます。思いもよらぬ椿事|出来《しゅったい》、その上に寺中の者共の不調法、なんとも申し訳がござりません」
地蔵を踊らせて賽銭稼ぎをするような山師坊主と、多寡をくくっていた半七らは、すこしく予想がはずれた。年配といい、態度といい、なんだか有難そうな老僧の前に、二人は丁寧に頭を下げた。
「こちらのお寺はお幾人《いくたり》でございます」と、半七は訊いた。
「わたしのほかに俊乗、まだ若年《じゃくねん》でござりますが、これに役僧を勤めさせて居ります」と、祥慶は答えた。「ほかは納所の了哲と小坊主の智心、寺男の源右衛門、あわせて五人でござります」
「寺男の源右衛門というのは幾つで、どこの生まれですか」
「源右衛門は二十五歳、秩父の大宮在の生まれでござります」
「これも若いのですね」
「源右衛門は門内の花屋定吉の甥で、叔父をたよって出府《しゅっぷ》いたした者でござりますが、そのころ丁度寺男に不自由して居りましたので、定吉の口入れで一昨年から勤めさせて居りました」
「その源右衛門は無事に勤めて居りますか」
「それが……」と、老僧はその長い眉をひそめた。「十日《とおか》以前から戻りませんので……」
「駈け落ちをしたのですか」
「御承知の通り、十二、十三の両日は強い風雨《あらし》で、十四日は境内の掃除がなかなか忙がしゅうござりました。花屋の定吉、納所の了哲も手伝いまして、朝から掃除にかかって居りましたが、その日の夕方、ちょっとそこまで行って来ると云って出ましたままで、再び姿を見せません。叔父の定吉も心配して、心あたりを探して居りますが、いまだに在所が知れないそうで……。本人所持の品々はみな残って居りまして、着がえ一枚持ち出した様子もないのを見ますと、駈け落ちとも思われず、また駈け落ちをするような仔細も無し、いずれも不思議がって居るのでござります」
「御門前の地蔵さまが踊ったと云うのは、ほんとうでございますか」
「踊ったと云うのかどうか知りませんが、地蔵尊の動いたのは本当で、わたくしも眼のあたりに拝みました」
「それを拝めばコロリよけのお呪《まじな》いになると云うことでしたね」
「いや、それは世間の人が勝手に云い触らしたことで、仏の御心《みこころ》はわかりません。果たしてコロリ除けのお呪いになるかどうか、わたくし共にも判りません」
この場合、住職としては斯う答えるのほかはあるまいと、半七も推量した。更に二、三の問答を終って二人は庫裏《くり》の方へまわって見ると、納所の了哲と小坊主の智心があき地へ出て、焚き物にするらしい枯れ枝をたばねていた。
「女の死骸はどこへ置いたのですか」と、半七は訊いた。
「日にさらしても置かれませんので、庫裏の土間に寝かして置きました」と、了哲は指さした。そこの土間には荒筵《あらむしろ》が敷かれてあった。
俊乗の云った通り、死骸の紛失は八ツ過ぎで、自分が便所へ立った留守の間であると、了哲は更に説明した。わずかの間に女が蘇生して逃げ去ったとは思われない。
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