で来たのか判らねえ。寺の坊主が殺したのなら、わざわざ人の眼に付くように、地蔵に縛り付けて置く筈はあるめえと思うが……」
「山師坊主め、それを種にして又なにか云い触らすつもりじゃあありませんかね」
「そんな事がねえとも云えず、あるとも云えねえ。ともかくも念のために、小石川へ踏み出してみよう。現場を見届けてからの分別だ」
半七が子分と二人づれで、神田三河町の家を出たのは、二十四日の七ツ(午後四時)過ぎであったが、日が詰まったと云っても八月である。足の早い二人が江戸川端をつたって小石川へ登った頃にも、秋の夕日はまだ紅く残っていた。高源寺は相当に広い寺で、花盛りの頃には定めし見事であったろうと思われる百日紅《さるすべり》の大樹が門を掩《おお》っていた。
往来の人や近所の者が五、六人たたずんで内を覗いていたが、寺中はひっそりと鎮まっていた。門前の左手にある地蔵堂は、寺社方の注意か、寺の遠慮か、板戸や葭簀《よしず》のような物を入口に立て廻して、堂内に立ち入ること無用の札を立ててあった。二人は立ち寄って戸の隙間《すきま》から覗くと、石の地蔵はやはり薄暗いなかに立っていて、その足もとにはこおろぎの声が切れ切れにきこえた。
「はいって見ましょうか」と、亀吉は云った。
「ことわらねえでも構わねえ。はいってみよう。おめえは外に見張っていろ」
亀吉に張り番させて、半七はそこらを見まわすと、形《かた》ばかりに立て廻してある葭簀のあいだには、くぐり込むだけの隙間が容易に見いだされたので、彼は体を小さくして堂内に忍び込むと、こおろぎは俄かに啼き止んだ。試みに石像を揺すってみると、像は三尺あまりの高さではあるが、それには石の台座も付いているので、手軽にぐらぐら動きそうもなかった。半七は更に身をかがめて足もとの土を見まわした。
「おい、亀、手を貸してくれ」
「あい、あい」
亀吉も這い込んで来た。
「この地蔵を動かすのだ。これでも台石が付いているから、一人じゃあ自由にならねえ」と、半七は云った。
二人は力をあわせて石像を揺り動かした。それから少しくもたげて、その位置を右へ移すと、その下は穴になっていた。周囲の土の崩れ落ちないように、穴の壁には大きい石ころや古い石塔が横たえてあった。
「そんなことだろうと思った」
半七はその穴へ降りてみると、深さは五、六尺、それが奥にむかって横穴の抜け道を作っている。その抜け道は幅も高さも三尺に過ぎないので、大の男は這って行くのほかは無かった。半七は土竜《もぐら》のように這い込むと、まだ三間とは進まないうちに、道は塞がって行く手をさえぎられた。彼はよんどころなく後退《あとずさ》りをして戻った。
「行かれませんかえ」と、亀吉は訊いた。
「抜け裏じゃあねえ」と、半七は体の泥を払いながら笑った。「途中で行き止まりだ。だが、もう判った。あいつ等は抜け道から土台下へ這い込んで、地蔵をぐらぐら踊らせていたに相違ねえ。へん、子供だましのような事をしやあがる。これで手妻《てづま》の種は判ったが、さてその女がこの一件に係り合いがあるかねえか、その判断がむずかしいな」
小声で云いながら、二人は葭簀をかき分けて出ると、そこには一人の女が窺うように立っていたので、物に慣れている彼等も少しくぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。女は十六、七で、顔に薄い疱瘡《ほうそう》の痕をぱらぱらと残しているのを瑕《きず》にして、色の小白い、容貌《きりょう》の悪くない娘であった。
「お前はどこの子だえ」と、半七は訊いた。
「はい。そこの……」と、娘は門内を指さした。
門をはいると左側に花屋がある。彼女はその花屋の娘であるらしい。半七はかさねて訊いた。
「今朝《けさ》はここに女が死んでいたと云うじゃあねえか」
「ええ」と、娘はあいまいに答えた。
「その後に誰か死骸をたずねに来たかえ」
「いいえ」
「死骸は奥に置いてあるのかえ」
「ええ」と、彼女は再びあいまいに答えた。
とかくにあいまいの返事をつづけているのが、半七らの注意をひいた。亀吉はやや嚇すように訊いた。
「おめえに両親はあるのか。おめえの名はなんと云うのだ」
母のお金は先年病死した。父の定吉は花屋を商売にしている他《ほか》に、この寺内が広いので、寺男の手伝いをして草取りや水撒きなどもしている。自分の名はお住《すみ》、年は十七であると彼女は答えた。
「おめえ達は門のそばに住んでいながら、ゆうべから今朝にかけて、ここへ死骸を持ち込んだことをなんにも知らなかったのかえ」と、半七は入れ代って訊いた。
「なんにも知りませんでした」
この時、ひとりの若い僧が門内から出て来た。まだ灯を入れていないが、手には高源寺としるした提灯を持って、彼は足早に通りかかったが、半七らのすがたを見て俄かに立ちどまった。彼は仔細ら
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