つきの鈍根で、経文なども能く覚えません。それでも正直に働きます。殊に俊乗によく懐《なつ》いて居りました。そこで智心は平生からかのお歌を憎んで居りまして、あの女は悪魔だ。俊乗さんを堕落させる夜叉羅刹《やしゃらせつ》だなどと申して居りました」
「お歌を殺したのはいつの事です」
「二十三日の晩でござります。お歌が俊乗を裏山へ誘い出して行く。その様子がいつもと違っているので、智心もそっと後を尾けて行きますと、お歌は俊乗を森のなかへ連れ込みまして、お前がこの寺にいては思うように逢うことが出来ないから、いっそ還俗《げんぞく》するつもりで私と一緒に逃げてくれと云う。勿論、俊乗は得心《とくしん》いたしません。かれこれと云い争っているうちに、お歌はだんだんに言葉があらくなりまして、お前がどうしても云うことを肯かなければ、わたしにも料簡がある。縛られ地蔵の一件を口外すれば、おまえ達は死罪か遠島だなどと云って嚇かすのでござります。毎度のことながら、この嚇かしには俊乗も困って居りますと、お歌はいよいよ図に乗って、これからすぐに訴えにでも行くような気色を見せます。それを先刻から窺っていた智心はもう我慢が出来なくなって、不意に飛びかかって、お歌の喉《のど》を絞めました。智心は年の割に力のある奴、それが一生懸命に両手で絞め付けたので、お歌はそのままがっくり倒れてしまいました」
「成程、そんなわけでしたか」
 智心の眼つきの穏かでない仔細はそれで判った。しかもお歌の死骸をなぜ地蔵堂へ運び込んだのか、その仔細はまだ判らなかった。祥慶は重ねて説明した。
「俊乗はお歌に迫られて、余儀なく関係をつづけて居ったので……。現に今夜もお歌に苦しめられて居ったのですが、元来は気の弱い、心の優しい人間ですから、眼の前にお歌が倒れたのを見ますと、急に悲しくなって泣き出しました。といって、医者を呼ぶわけにも行きません。俊乗は女の死骸をかかえて、暫くは泣いていました。智心は唯ぼんやりと眺めていました。やがて俊乗は叱るように智心にむかって、お前はなぜこんな事をしたのだ、この女を殺してはならない、これから私と一緒に地蔵堂へ運んで行けと云ったそうです」
「それはどういう訳ですね」
「あとで俊乗自身の申すところによりますと、その時は少しくのぼせていたのかも知れません。地蔵を縛って祈っても、自分の願《がん》が叶うのであるから、まし
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