の法がない。彼も一も二もなく恐れ入ってしまった。
彼はこの近所の万隆寺の役僧教重であった。諸仏開帳の例として、開帳中は数十人の僧侶が、日々参列して読経《どきょう》鉦鼓《しょうこ》を勤めなければならない。しかも本寺から多勢《たぜい》の僧侶を送って来ることは、道中の経費その他に多額の物入りを要するので、本寺の僧はその一部に過ぎず、他は近所の同派の寺々から臨時に雇い入れることになっている。万隆寺の僧も今度の開帳に日々参列していたが、教重もその一人で、破戒僧の彼は奉納の兜に眼を着けたのである。
彼も別に悪僧というのでは無かったが、いわゆる女犯《にょぼん》の破戒僧で、長袖《ながそで》の医者に化けて品川通いに現《うつつ》をぬかしていた。誰も考えることであるが、あの兜の小判があれば当分は豪遊をつづけられる。その妄念が増長して、彼は明け暮れにかの兜を睨んでいるうちに、寺社方の指図として兜の金銀は取りのけられることになった。それが彼の悪心をあおる結果となって、この機を失っては再び手に入る時節がないと、教重はゆうべ思い切って悪事を断行したのであった。
他寺の僧ではあるが、日々この寺に詰めているので、
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