帳もうまく行かなかったと見えます。
 文化九|申《さる》年の三月三日から渋谷の長谷寺《ちょうこくじ》に、京都の清水《きよみず》観音の出開帳がありました。今のお若い方々からお叱言《こごと》が出るといけませんから、ちょっとおことわり申して置きますが、長谷寺は有名なお寺で、今日ではその所在地が麻布区|笄町《こうがいちょう》百番地ということになっていますが、笄町という町名は明治以後に出来たもので、江戸時代にはこの辺一帯を笄《こうがい》と呼び慣わして、江戸の切絵図にも渋谷の部に編入してあります。そんなわけですから、ここでは渋谷としてお話をいたします。長谷寺が麻布にあることを知らねえかなぞと、どうぞお叱りのないように願います。
 このお開帳は大そう繁昌しました。なにしろ京の清水といえば昔から有名であり、長谷寺も江戸では有名であり、しかも時候は三月の桜どきで、郊外散歩ながらの御参詣にはお誂え向きというわけですから、繁昌したのも無理はありません。例によって奉納の造り物がいろいろ出来ました。そのなかでも評判になったのは五尺あまりの大|兜《かぶと》で、鉢も錣《しころ》もすべて小銭《こぜに》を細かく組みあわ
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