「はい、はい。ありがとうございます」
 おぎんは喜んで帰った。
 悔悟している教重を寺社方へ引き渡すのも可哀そうだと思って、兼松は寺の役僧や開帳の世話人らに内分の計らいを云い聞かせると、彼等も異議なく承知した。こんなことが世間に知れ渡ると、寺の迷惑にもなり、開帳の人気にもさわるからである。小判と二朱銀は夜叉神堂から発見されたが、その盗賊は知れないと云うことに発表された。
 それに尾鰭《おひれ》を添えて、こんな噂をするものが出て来た。
「兜の小判や二朱銀をぬすんだ泥坊は、夜叉神堂の前まで来ると、急に体がすくんで動けなくなったので、盗んだ金をお堂の縁に置くと、再び歩かれるようになったそうだ」
 奇を好む江戸人は眼を丸くして、その噂に耳をかたむけた。それが一種の宣伝になって、長谷寺の開帳はますます繁昌した。夜叉神堂には線香のけむりが充満して、鬼の面は大勢の手に押しいただかれた。
 万隆寺の教重は無事に開帳六十日間を勤めたが、その後に下総《しもうさ》の末寺に送られたと云う。



底本:「時代推理小説 半七捕物帳(六)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年12月20日初版1刷発行
入力:tat_suki
校正:小林繁雄
1999年4月30日公開
2004年3月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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