ことか、一体そんな不用心な物を飾って置くから悪いのだと叱り付ける。盗まれた上に叱られて、いや散々の始末。ひと先ずその兜を取り片付けて修繕に取りかかりました。
しかし寺社方の方でも叱ったばかりで済まされません。取りあえず町方《まちかた》に通知して、その盗難詮議を依頼することになりました。八丁堀同心の矢上十郎兵衛は麻布の御用聞き竜土《りゅうど》の兼松を呼んで、その探索を命じる。兼松はもう五十二、三で麻布の竜土に住んでいるので仲間内では竜土と呼ばれていました。場末ではあるが、若い時から腕利きで知られた男です。渋谷といえば、もうお江戸の部ではないのですが、こういう場合には江戸の町方が踏み込んで活動するほか無い。兼松は委細承知して帰りました」
二
兼松が竜土の家へ帰った頃には、三月十二日ももう暮れかかっていた。旧暦の三月であるから、きょうは朝から生暖かい風が吹いて、近所の武家屋敷の早い桜はもう散り始めていた。汗ばんだ襟のほこりを手拭でふきながら、兼松は格子をあけてはいると、子分の勘太が待っていた。
「親分、御苦労でした。八丁堀の御用は長谷寺の一件じゃあありませんかえ」
「むむ。ここらでももう評判になっているか。察しの通り、銭《ぜに》の兜だ」と、兼松は長火鉢の前で一服吸いながら云った。「今も八丁堀の旦那と話して来たのだが、おめえはあの兜を見たか」
「見ましたよ。奉納場に飾ってあるのだから、手を着けてみる訳にゃあいかねえが、なにしろなかなか念入りの細工で……。江戸にあんな職人はありますめえ」
「おれは此の頃出不精になったのと、年寄りのくせに後生気《ごしょうぎ》が薄いので、まだお開帳へ参詣をしなかったが、それほど念入りに出来ている兜から小判五枚を引っぺがすのは容易じゃあねえ。恐らく素人の芸じゃああるめえ。金銀細工をする奴らだろう。かねてから付け狙っているうちに、きのう寺社方からのお指図で、急にその小判を取り外すことになったので、奴らも慌ててゆうべのうちに引っぺがしに来たのだろう。こっちの油断は勿論だが、奴らもなかなか抜け目がねえ。だが、勘太。こりゃあ案外早く知れるぜ」
「そうでしょうか」
「今も云う通り、寺社方からのお指図が出て、三日の猶予で落着《らくぢゃく》したのはきのうの夕方だと云うじゃあねえか。世間ではまだ知る筈がねえ。それをすぐに覚って仕事に来た以上、なに
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