だろうと思います。さつきの女房がひどく気を揉んでいたそうですから、その入れ知恵でどっかに隠れたのでしょう。その証拠には、さつきの娘も此の頃は家《うち》にいねえと云うことです」
「馬鹿を云え」と、半七はわざと叱り付けた。「いくら年が若くっても、三甚はお上の御用聞きだ。牢ぬけを怖がって、逃げ隠れをする奴があるものか」
「へえ」と、千次はよんどころなしに口をつぐんだ。
「世間へ行って、そんなでたらめを吹聴《ふいちょう》すると承知しねえぞ。おれたちの顔にもかかわることだ」
「へえ」と、千次はいよいよ恐れ入った。
「だが、千次」と、半七は声をやわらげた。「三甚のことはともかくも、牢抜けの金蔵は人相書のまわったお尋ね者だ。おれもこれから踏み込んで探索をしなけりゃあならねえ。何か聞き込んだら教えてくれ。そこらで一杯飲ませるのだが、おれは急ぎの用があるから、まあこれで勘弁して貰おう。骨折り賃は別に出すよ」
 さしあたり二|歩《ぶ》の金を貰って、千次はよろこんだ。彼は「済みません、済みません」を繰り返して、これからひと働きすると約束して別れた。骨折り賃を貰うばかりでなく、半七らの用を勤めて置けば、後日《
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