「むむ。今度はおれも一緒に行こう」
 あくる朝の四ツ(午前十時)頃、半七と亀吉は小雨《こさめ》の降るなかを浅草へむかった。戸沢長屋は花川戸から馬道の通りへ出る横町で、以前は戸沢家の抱え屋敷であったのを、享保年中にひらいて町屋《まちや》としたのである。そこへ来る途中、馬道《うまみち》の庄太に逢った。
「いい所で逢った。おめえは土地っ子だ。手をかしてくれ」と、半七は云った。
「なんです」と、庄太も摺り寄って来た。
 あらましの話を聞かされて、庄太は笑った。
「戸沢長屋のお葉……。あいつなら好く識っています。雨の降るのに大勢がつながって出かけることはねえ。わっしが行って調べて来ますよ」
「だが、折角踏み出して来たものだ。どんなところに巣を食っているか、見てやろう」
 三人は傘をならべて歩き出すと、やがてお葉の家の前に出た。小綺麗な仕舞家《しもたや》暮らしで、十五、六の小女がしきりに格子を拭いていた。この天気に格子を磨かせるようでは、お葉は綺麗好きの、口やかましい女であるらしく思われた。半七と亀吉を二、三軒手前に待たせて置いて、庄太はその小女に声をかけようとする処へ、お店《たな》の番頭らし
前へ 次へ
全48ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング