た。
 次郎兵衛は勿論、ほかの女たちが立ち廻ったならば、すぐにここの自身番へとどけろと云い聞かせて、半七はここを出た。それから半丁ほども行くと、八丁堀の坂部治助に出逢った。坂部は市中見廻りの途中であった。
「半七。天狗はどうしてくれるのだ。不人情な事をするなよ」と、坂部は笑いながら行き過ぎた。
 冗談のように云ってはいたが、坂部は半七の怠慢を責めたのである。不人情と責められては、いよいよ捨て置かれなくなったので、彼はその晩、子分の亀吉を自宅へ呼び付けた。
「おい。御苦労だが、二、三日の旅だ。船に乗ってくれ」
「船へ乗って何処へ行きます」
「花川戸から乗るのだ」
「川越ですか」と、亀吉はうなずいた。「なにか見当が付きましたかえ」
 半七から今日の話を聞かされて、亀吉は又うなずいた。
「ようがす。そんな事なら訳はありません。わっし一人で行って来ましょう」
「二人で道行《みちゆき》をするほどの事でもあるめえ。よろしく頼むぜ」
 相当の路用を渡されて亀吉は帰った。あくる日の午過ぎに、半七は再び外神田の自身番を見まわると、五平は待ち兼ねたように訴えた。
「どうも困ったものです。きのうもお前さんに
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